作品を観たきっかけ
”ドライブ・マイ・カー”が良かったので、次の作品も観たいと思いました。
渋谷のル・シネマは素敵な映画館です
到着するとチケット売り場に行列が!
コナンの映画もやってたっけ?って本気で思いました。笑
私はオンラインでチケットを先に購入していたので並ぶことなく入場できました。
到着時、軽くお腹が空いていたのでタルトタタンとカフェラテを頂きました。タルトタタンは甘さ控えめのリンゴのコンポートが冷えていてサクサクのタルト生地と合間ってとても美味しかったですよ。
ロビーにはヴェネツィア映画祭の銀獅子が!生で見られるなんて光栄でした。
ほぼ満席状態で上映が始まりました。ミニシアター系の映画で、満席状態なんて初めてでした。公開間もないということもあるとは思いましたが、それだけ期待値が高いのと、ミニシアター系の映画を観る方が増えたのでしょうか。嬉しい!
列の間隔が広くて、足を伸ばして観ることができるし、席の移動もスムーズなのが嬉しかったポイントです。渋谷で映画を観るのは20年振りくらいでしたが、劇場の進化は良いですね。
ざっくりどんな話?
湧き水が美味しい別荘地。芸能事務所がコロナの補助金目当てでグランピング施設をこの地に建設しようという話が持ち上がります。
地元住民と、芸能事務所からの代理で社員2人が話し合いを行いますが、話は平行線で・・・。
演劇のような世界観
主役の大美賀均さんはもともとスタッフだった方で、他の役者さんもいわゆるメジャーな役者さんは出演していません。それがこの映画の世界観にピッタリはまっていて、役者さんの色が揃っているというか、演劇を観ている感覚になりました。
濱口竜介監督は、とことん作品の世界観を創り上げることができる凄い監督だと思います。
映画は体験するもの
冒頭はゆったりと始まり、ちょっと不安にさせる印象的な音楽。じれったいくらいの長いカットが続くのは、田舎の空気感、ゆっくりした時間の流れの表現なのだなと思いました。
映像と音楽の世界にどっぷり浸れる始まり方は、映画館に来た喜びを感じさせてくれるものでした。こういう感覚があるから映画って素晴らしいのだなとしみじみ思います。
「さあ、これから物語が始まりますよ。しっかり入って来なさいよ」と言われているような気分になるというか。
よくミニシアター系の映画、文学的な映画は意味が分からないと言われます。
私は、意味を分かろうとすることはそんなに大事なことではないと思っています。
私の好きな映画達は、その作品の中で登場人物たちが生きていて、観る私はその中に入って彼らの生活を覗かせて貰っている感覚になるものです。
映画を観ている間、確かに私の心の中に彼らは存在します。彼らに共感したり、怒ったり、映画の中の出来事に喜んだり悲しんだりして、彼らと時間を共有することで自分の中の何かが許されたり楽になったりするのです。私にとって映画を観るというのはそういうことなのです。
そして、「悪は存在しない」という作品は、そういう体験をさせてくれる作品です。
「悪は存在しない」という意味
芸能事務所の社員2人は社長と上司に言われて説明に来ているだけで、地元住民と衝突する気もないし、むしろ同情的ですらあります。地元の人たちも当然の権利を伝えているだけです。
お話自体もよくあるマンション建設の対立問題とか、そんな話に発展しません。そこが濱口監督の凄いところなんだと思います。
一見平和にも見える雰囲気で、それぞれの立場の意見を聞きながら映画を観ていて迎えるクライマックスには驚かされました。
人間と自然のバランス
ここから先は、最後に感じたことなので、映画を観た後に読まれる方がいいかもしれません。ご自身で映画を観て感じたことと、他の人が感じたことを照らし合わせてまた違う感覚になるような映画です。
最後は本当に何度も考えさせられる場面でしたが、私の中で人間も自然も動物も同列なんだと言われたように思いました。
娘に起きたこと、主人公の巧が行ったことは、人間も自然や動物たちと同列と考えれば起こるべくして起こったこと、行ったことなのかと考えました。
巧が忘れっぽいことを考えると、そんなに善人でもなくて、巧の言うバランスを取った結果なのかもと思いました。でも、この感想も、もう一度観たら変わるかもしれません。
答えが一つではない映画です。
コメント