ざっくりどんな話?
記憶を80分しか保てない元数学者の博士のもとに家政婦として雇われた私。”ルート”というあだ名を博士に命名された小学生の私の息子。3人が過ごす日常を描いた物語。
”ことり”に並ぶ名作
私が初めて小川洋子さんの作品を読んだのは”ことり”が最初でした。2012年の作品で、”博士の愛した数式”は2003年ということなので、9年後の作品です。どちらも主人公は珍しい個性の持ち主で、主人公をお世話する人も共に軸になる物語です。
印象としては、”博士の愛した数式”は”ことり”に比べると瑞々しく、純粋さと正義感のある美しい作品です。対して”ことり”は円熟味を増して、淡々と質実剛健な美しさのある作品でした。
どちらも本当に素晴らしい作品です。
言葉の選別が丁寧
どちらの作品も、語彙が的確で丁寧に選択して文章を書かれている印象があります。
”こんな風に美しい文章が書けるようになりたい”と思ってしまう文章で、小川洋子さんが書くと、物質に命が吹き込まれて意思を持ち、生き生きとするように感じます。
清潔感の漂う文体、世界観が私は大好きです。
3人の関係
家政婦の”私”が、とても素敵な女性です。博士への敬意を持ちながら、辛抱強く愛情とプライドを持って仕事をする様が格好良い。博士は80分で記憶がなくなってしまうので、毎日が初対面。毎日同じ説明をしたり、健常者の雇い主にはない苦労がありますが、試行錯誤しながら博士に相対していきます。
息子のルートくんもお母さん譲りで賢くて愛情深く、博士への労力を惜しみません。むしろ労力だなんて思っていないかも。
そこに至る理由は、やはり博士の人柄もあるのだと思います。
博士は数学をこよなく愛し、子供への慈しみがとても深い、他人への気遣いも忘れないチャーミングなおじさんです。
お互いに敬意のある関係
3人の関係が、個性を尊重し甘えすぎることがなく、心地良い距離感なのでいつまでも読んでいたいと思いました。博士は「子供は守られるべきもの」と言いますが、ちゃんと一人の人間として扱い、敬意を払っているのが伝わります。
家政婦さんに対しては、時々甘えてわがままな態度を取りますが、そこは人間っぽさで可愛らしくも思えますし、そんな博士をしっかり受け入れる私の大らかさと安心感が博士との関係性をより良くするものだと思いました。家政婦さんもまた博士を数学者として尊敬し、数学の魅力に取りつかれていきます。
ルートの成長
私がこの物語で最も心を打たれたのは、家政婦親子が博士のことを尊敬し、友人として大切に関係を育んでいく過程です。小学生のルートくんが、博士との関係を通して成長し、博士のことを信頼している姿には胸が熱くなりました。ルートくんが博士と二人で留守番をしている時にケガをしてしまう場面があるのですが、ルートくんの台詞には泣きました。
博士の子供に対してのスタンス
博士は徹底して子供を愛し、認め、敬う人です。数学について考えを巡らせている時に家政婦さんに話しかけられた時は激怒しましたが、ルートくんが相手だとどんな時でも手を止めて話を聞きます。
博士は教えることがとても上手で、どんな質問をしても嫌がらず、その質問自体が素晴らしいと感じさせてくれます。
そんな風に扱われたら、ルートくんも嬉しいですよね。
そうやって子育て出来たら、きっと素晴らしい子に育つだろうなと思いました。実際はなかなか余裕がなくて難しいですが。
学ぶことの素晴らしさ
もちろん、数学に関する記述も沢山出てきます。博士に教えて貰えたら、私も数学が好きになっただろうなと思いました。
家政婦親子は、博士から数学の素晴らしさを学び、人との信頼関係を学び、多くのものを得たと思います。そこには親子の謙虚な姿勢があったからなのだと思います。
人間関係から得るもの
博士や、「ことり」に出てくるお兄さんは健常者ではありませんが、その二人の世界は純粋で美しく、多くの気づきを与えてくれます。
多様性という言葉を最近は多く耳にしますが、小川洋子さんはもう何年も前から当然のように多様性が認められて当然という世界観で生きているのだと思いました。
相手に敬意を払う人間関係の重要性について考えさせられた本でした。
コメント