ざっくりどんな話?
明治後期、北海道の山中で一人猟師として生きる熊爪(くまづめ)。時々里へ下り、獲物や山菜を売って生計を立てているが、ある時熊猟に失敗し怪我を負った男を助ける。熊爪は男が仕留め損ねた、冬眠をしていない”穴持たず”の熊を探し、仕留めようとするが・・・。
リアルな描写に引き込まれます
雄大な自然や動物の生態を硬質な文章で瑞々しく描いたハードボイルドな物語です。熊爪の訥々とした口調や、自然や動物に溶け込む姿が愛おしく目に浮かぶようで、先が気になってあっという間に完読しました。
猟や獲物の解体の描写はとてもリアルで、自然と共生する力強さに憧れてしまいます。北海道の雪景色や、夏の草花が生い茂る美しさを想像し、澄んだ空気の中に自分もいるような気分になれました。
熊爪を取り巻く人間関係
熊爪は一人を好んで普段は山で生活していますが、現金収入も必要なので時々里に下ります。その際、お世話をしてくれるのが商店を営む良輔。獣臭く、朴訥な熊爪の性格を嫌がりもせず、むしろ面白がって親切に世話を焼きます。
良輔は、不器用だけど正直な熊爪の生き方に憧れていて、熊爪も何だかんだで良輔を受け入れていくのが微笑ましく、楽しい場面でもありました。
商売を成功させている良輔と無欲な熊爪は、人間社会と自然との対比でもあるのかもしれません。
その良輔の屋敷に一緒に住んでいる盲目の少女、陽子(はるこ)が後に熊爪の人生に大きく絡んでいきます。
陽子の存在は熊爪にとって何だったのか。
陽子もまた人間世界とは一線を画すような存在で、人間の欲の犠牲者なのかと思いました。陽子が盲目になった理由、その後の陽子の行為には人間の欲の汚ならしさを拒む陽子の意思を感じました。
最後の陽子の選択については優しさなのか、人生の選択のうちの1つなのか、読み手によって感想が分かれそうです。
熊爪の葛藤に引き込まれます
非常に野性味あふれる熊爪ですが、やっぱり人間なので怪我をしたら弱気にもなります。
自然や動物の一部として己の力で人生を全うしたいと願う熊爪ですが、ムクムクと人間らしい部分が生じて葛藤する様は、人間と自然との大きな隔たりを感じました。
いくら孤独を愛する熊爪でも、人間が一人で生きていくことの難しさに直面します。私も、つい面倒な人間関係などない世界で生きていけたらと想像することもありますが、山奥で一人で暮らすということがどういうことなのか、考えさせられました。
Audibleで鑑賞しました
私はこの作品をAudibleで鑑賞しましたが、林知良さんの朗読が素晴らしすぎて、この作品に関しては書物で読むよりも耳で聞く方が良いのではないかと思ってしまったほどです。
独特の緊張感がある作品でしたが、その緊迫した雰囲気の表現も、登場人物の演じ分けも、全て作品にマッチしていました。
映画化して欲しい
不器用な熊爪が魅力的なのです。身体が大きく獣のような熊爪が、熊と対峙する場面はアニメで観てみたいと思いました。文章でも手に汗握る迫力で前のめりになりましたが、効果音付きの映像になれば相当な迫力だと思います。
実写化する場合、大男で獣っぽく推定35歳の熊爪を演じられるのは鈴木亮平さんくらいでしょうか?鈴木亮平さんが演じるなら実写化も是非観てみたい!
大男ではないけど、山田孝之さんの気迫溢れる熊爪もきっと納得の演技だと想像します。
良輔は設定よりちょっと年齢が若いけど、横浜流星さんがぴったりだと思います。言うだけならただですからね、めちゃ豪華キャストで想像するのは楽しいです。笑
犬との関係性が羨ましい!
やっぱり猟師と言えば、犬です。相棒の犬が登場します。
ぶっきらぼうで粗野な熊爪ですから、犬をベタベタ可愛がるようなことはしませんが、厚い信頼関係が素敵でした。普段は猫派の私ですが、山で暮らすとなると、やはり犬がいるのは絶対頼もしいよなと思いました。ハイジの相棒のセントバーナード、ヨーゼフが羨ましかったのを思い出しました。
「ともぐい」に感動する自分になれたことが嬉しい
20年前にこの作品に出会っていたら、自分は感動するだろうか?と考えると微妙です。
テーマの大前提として自然があり、自然と共に生き、自然の一部として自分も存在したいという熊爪の願いが、20年前の自分に共感できたとは思えません。
世俗的な生活を経て、人間関係に揉まれて悩んだり苦しんだりを経験したから、熊爪の潔くてシンプルな生き様に憧れるようになったのだと思いますし、そこに落ち着けたということを嬉しく思います。
実際に熊爪のようなストイックな生活をするなんて無理なのですが、日常の些末な出来事を大したことないと思えるような気分にさせてくれる作品に出会い、感動できたことが嬉しい。
山籠り希望の方にお薦めします
私は、登場人物の生活をリアルに感じられる作品が好きなのだと思います。「PERFECT DAYS」や「ことり」もそうでしたし、「ともぐい」も日々の生活にどう対峙しているのかが伝わり、日々の満足度を上げる方法が人それぞれに異なるのを、読んで考えるのが面白い。
小説や映画の素晴らしさは、その世界にすんなり入り込んで自分も疑似体験できる、人間の想像力のなせる業だとつくづく思います。
ちょっと人間や都会の生活から離れたいという希望のある方に是非お勧めしたい小説です。
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