「ピクニック」は「こちらあみ子」に収録されています
「花束みたいな恋をした」で「ピクニック」を知った方も多いと思います。私もその一人です。
「きっとその人は今村夏子さんの『ピクニック』を読んでも何も感じない人だと思う」というセリフです。
「ピクニック」は短編で「こちらあみ子」に収録されているのですが、「こちらあみ子」も傑作です。
「こちらあみ子」については別の記事に感想を書いてますので、そちらも読んで頂ければ嬉しいです。
前知識なしで読みたい作品
私は上記の映画のセリフだけで「こちらあみ子」を読んだので、今村夏子さんがどんな作品を書く作家さんなのか全く知りませんでした。
作品を読み進めるうちに、自分の理解が追い付いていないことに不安になり、結果非常に稀有な読書体験をしました。
もし、この時点で今村夏子さんの作品を未読であるならば、是非そのまま読んで頂きたいです。
ざっくりどんな話?
ローラーシューズを履いた、ビキニ姿の女の子が接客する地方の飲食店。そこに中年女性の七瀬が採用される。七瀬は春げんきというタレントと付き合っていると言うので、ひと回り以上年下のバイト仲間であるルミ達は七瀬の恋の行方を応援するが・・・。
ネタバレなしでは解説できない
このお話はネタバレなしでは解説するのは難しいです。なので、ネタバレは困るという方はここから先は作品を読んでからお願いします。
この作品は、ルミ達の態度がどういう意図だったのか、読者はそこをひたすら考えさせられる作品だからです。
ルミ達の意図は?
先入観なしに読み始めた私は、七瀬さんが春げんきと付き合っているという話を途中まで全く疑わずに読んでいました。ただ、ルミ達が七瀬さんの自宅を訪れた際、七瀬さんの家はゴミが散らばっていて汚いうえに、七瀬さんが出してくれる朝食はゆで卵と袋入りのパンにペットボトルの水という描写で、違和感を覚えました。
芸能人を陰で何年も献身的に支える女性の部屋が汚くて、料理も出来ないってどういうこと?となり、春げんきと付き合っているというのは七瀬さんの妄想だという事に気付きました。そうなると、これまで親切だと思っていたルミ達の態度がどういう意図だったのか分からなくなり、軽く混乱したのです。
指摘しないルミ達
春げんきがテレビ番組の放送で、携帯電話を川に落としたという話をします。それを見た七瀬さんは鋤を購入し、近所の用水路で携帯電話を探します。もちろん見つからないし、七瀬さんが探すのをやめると言うと、ルミ達はタモをプレゼントして作業を続けさせます。
きっとテレビを見た時の七瀬さんは、本気で見つかると信じて鋤を買ったのだと思います。
妄想性の精神疾患があるのを分かっていて、ルミ達は七瀬さんの嘘に付き合い、その嘘を強化し、逃げ場をなくして七瀬さんに行動をやめさせないようにしているのなら非常に意地が悪い。
七瀬さんの脇腹に副乳があり、七瀬さんはそれを虫刺されだと思い込んでいるのですが、ルミ達はそれも指摘しません。
仲良くしない新人
一人だけ、ルミ達のように七瀬さんとは仲良くしない新人がいます。
その新人とルミ達の会話の中で、
「何笑ってんの?」
「ピクニック」今村夏子
「先輩たちが笑ってるからです。」
ルミたちはお互いの顔を見た。誰も笑ってなんかいなかった。
という部分があります。ルミ達は決して七瀬さんの悪口を言ったりはしていませんが、本心が表情に表れていたということでしょうか。
七瀬さんを相手にしない新人は、嘘を最初から見抜いていて、一見冷たいようにも感じますが、七瀬さんの虚言癖を助長させない優しさでもあるのかなと思います。最終的にはルミ達に取り込まれてしまうのが残念ですが。
映画のセリフの意味は?
「花束みたいな恋をした」では、絹ちゃんが圧迫面接を受けた時に、麦くんが
「きっとその人は今村夏子さんの『ピクニック』を読んでも何も感じない人だと思う」と言い、二度目は麦くんが仕事中心の生活になり、理不尽な取引先の相手に謝る話をすると絹ちゃんがそう言います。ただ、二度目は麦くんが
「俺も、もう感じないのかもしれない。」と言ってしまいます。
二度とも会社に絡む場面でこの台詞なので、同調圧力を行う様な人間に対しての言葉なのかなと受け止めました。ルミ達も個人では七瀬さんに対応していない。
個をなくした状態で無責任に七瀬さんの嘘に付き合い、その行動を面白がって見ているだけなのは確かに組織的でもあります。
自分がどちら側にいるかで、この「ピクニック」の捉え方が随分と変わるんだろうな、と思います。そして、誰もがどちら側にでも行ってしまう不安定さも持っている。
この台詞を書く坂元裕二さんは相変わらず凄いですが、「ピクニック」を書いた今村夏子さんも凄すぎます。
唯一の希望
ドブさらいをやめられなくなった七瀬さんは、必然的に身体が引き締まり、日焼けもしてスタイルが良くなるのです。それを見た店長が、「男かな?」と気にする場面があります。
店長が良い人で、良い関係を築ければ七瀬さんの未来は明るい!七瀬さん頑張って!
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