二木先生  夏木志朋

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Audible

どんな本?

もともとは「ニキ」というタイトルで第9回のポプラ社小説新人賞の受賞作。文庫化する際に、装丁とタイトルも「二木先生」に変更したものだそうです。
Audibleで装丁が気になったので興味を持ち、読み(聴き)ましたがデビュー作と知りびっくりしました。

ざっくりどんな話?

主人公の田井中は幼少期から周囲の人間に「変」「子供らしくない」と言われ、コンプレックスを持ったまま高校二年生になった。担任である美術教師の二木は、どの生徒からも親しまれる良くも悪くも「普通」の人気教師。あることをきっかけに田井中は二木の秘密を知り、脅迫まがいの行為で二木へ近付く。

大人は頭のいい子供が嫌い

冒頭の田井中くんの幼少期は、他意はないであろう大人の「しっかりしてるね。」「大人っぽいね」という言葉に傷付いてしまう子供の心理を的確に描いていて、”私のことを言ってる?”と思ってしまうくらいでした。私も傷付きまくってました。
子供時代に子供っぽく振舞えなかった人って、世の中にどれくらいいるのでしょう。多分相当数いると思うし、むしろ今の時代においてマイノリティではないのでは?と想像します。
自分の意見を言っているだけなのに「大人の注意を惹きたくて変わったことを言っているのだろう」と言われてしまう田井中くん。なんて残酷なんだろうと思います。非常に気持ちがよく分かるし、大人になった田井中くんと一緒に居酒屋で飲みたいです。笑

自分が二木先生の立場ならしんどすぎる

二木先生はまごうことなきマイノリティで、生き辛いことこの上ないと思いますが、何とか世渡りしています。自分が二木先生の立場だったら生きていられたでしょうか?本人は望んでマイノリティになったわけではなく、誰も二木先生を責めることなんてできないはずなのに、耳障りだけで糾弾する人がいるのが現実だし、私もその一人かと思うとひたすらにモヤモヤとしました。

ここから下、ちょっとだけネタバレになる可能性があります。完全にネタバレなしで作品を読みたい方は、読後に読んで頂ければ幸いです。

佐川一政と二木先生の違い

全然関係ないけど、たまたま同タイミングで佐川一政のドキュメンタリー番組を観たんです。1981年パリで女性を殺害し、屍姦して、女性の肉を食べた「佐川君からの手紙」の佐川くんです。

この人はパリの警察で取り調べを受けたけど、心神喪失で無罪になって、後に日本に帰国してからは事件を題材にして小説にしたり、神戸連続児童殺傷事件の時には、酒鬼薔薇聖斗の気持ちが分かるとコメンテーターとしてテレビに引っ張りだこになったそうです。この事件も衝撃的過ぎて、当時被害者のお父さんの書かれた本を読みましたが無念としか言いようのない気持ちになりました。

誰に誘われたのか、何故そのイベントに行ったのかも記憶にないのですが、90年代頃に新宿ロフトプラスワンの佐川一政が出るイベントに、まだ若かった私は行ったのです。
佐川一政の事件が起きた当時の私は6歳、イベントを見た時の私もまだ10代後半か20代そこそこで、どんな人なのかはあまり分かっていませんでした。イベントの最中に、段々”時々サブカル本とかで目にした佐川君ってこの人か。本当に人を食べた人だったのか!”と理解して、もう怖くて怖くて、急に暴れたりしないだろうかとかドキドキしながらイベントを見ていた記憶があります。

何が言いたいかというと、二木先生は理性で自分の欲求を抑えている人だったけれど、佐川一政は一線を越えてしまった人で、そこには大きな隔たりがあると思います。
理性を抑えられない人だと分かっていて、相対するのは恐怖心が生まれて当然だと思うのです。

許されない性癖の消化

佐川の件で一つ思ったのは、被害者の方の気持ちを考えたら無神経過ぎると思いましたが、佐川は小説を書くことや、テレビに出てチヤホヤされて承認欲求も満たされたことで次の犯罪に繋がらなかったのかと思うと、結果としてはその点は良かったのかと思いました。人間が人間として認められるということが、当事者に充足感を与え、犯罪の抑制に繋がるのかと思いますが、当時のご遺族の気持ちを想像するとどうにかならなかったのかと思ってしまいます。

「二木先生」でも問われていましたが、自分だけでも自分を認めるということが出来ないと、人格の破綻が起きてしまう。でも、田井中君のように、周りに否定する人間が多いと負けそうになってしまう。
誰かが誰かを否定する権利なんて、本当にあるのでしょうか。

また、この作品を読んでバルテュスの作品も想起しました。美術館で”絶対ダメなやつじゃん”と高校生の私は思いましたが、作品から目を離せない力があったのも事実です。人間の欲求とか感受性って何なんでしょう。

ロマン・ポランスキーは一線を越えちゃったのがバレちゃったし、困った性癖を持ってしまった人はお気の毒ですけど、何とか理性は保って貰いたいですね。
この作品を読んで、自分に置き換えてみたり、そういった立場の人と相対したらどう対応すればいいのだろうかとか、人権って何だろうとか、とても深く考えました。とにかく、田井中くんと二木先生には幸せに生活して欲しいと願ってしまいます。


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